The moon and a shuttlecock
(4) ~*R18~
「あ~。そうか、夜困るんだな、おれがいると」
すこし照れたように笑って、ロックオンは後ろ髪を指で梳いた。
左脇にハレルヤを抱え込んでいるアレルヤの眉間のしわが、ほんのすこし深くなる。
穏やかだが、アレルヤはハレルヤよりもずっと頑固なことを、ロックオンは思い出した。
「え~と。あのさ…──とりあえず、悪いんだが今夜はここで休ませてくれないか。長旅だったもんでね」
「それはいいですけど…。ベッドがありません。この家には、もともと寝具だけはなかったんです」
「あ……いや、それを捨てたのはおれだから、……」
個人を判別する証拠を100%消し去れないために、唯一捨てた家具。森の奥で分解し、焼き捨てた。
誰と寝たわけでもない、自分だけのシングルベッドだったが、もうそのベッドに横になることは二度とないだろうと、覚悟を決めていた。
「お前らのベッドで寝ようなんて、思ってないから安心してくれ」
「そんなことを言ってるんじゃ──」
「いや、悪い。床でいい。屋根のあるところで寝たいんだ」
アレルヤはなにかを言いかけ、咄嗟に口をむすんだ。
そうだ。さすがに浜辺で寝ろとか、森で寝ろとか、そんなことはロックオンには言えない。
もともとここは、彼の家だというのだから。
床を水洗いしたばかりなのを思い出し、アレルヤはハレルヤの口から離した右手で、自分たちの予備の毛布を棚から出すと、ロックオンに手渡した。
「じゃあ、これだけでも」
「お、悪いな」
「床だと、体が痛くなりませんか?」
「慣れてるからな。大丈夫だ」
「離せアレルヤ! オイ! 冗談じゃねぇぞ!」
「しかたがないよ、ハレルヤ。そんなに怒らないで」
「オレたちの邪魔をさせんなッ!」
「もう…。さっき途中までだったから、機嫌が悪いのかな…」
「バカッ! そうじゃねぇッ!」
ロックオンは、すこし驚いたように目を大きくして、ふたりを交互に眺めていたが、鞄から端末だけとりだすと、ドアに向かって歩き出した。
「じゃあおれはちょっと出てるからさ。終わったら呼びにきてくれないか」
声は至極まじめだが、振り返った彼の口許は、笑っていた。
「え…どこにです?」
「下に海岸があるだろ。そこで月でも見てるよ。医者にも遠くを見ろって言われてるからな」
「わかりました。すみません」
「いえいえ。どうぞごゆっくり」
「てめぇッ! 殺すッ!」
「ハレルヤ! もう!」
ロックオンが玄関から出て行くと、アレルヤは、ハレルヤをベッドに座らせ、ロックオンが開けっ放しでいったドアに鍵をかけた。
彼が、家の窓のところまで来たのだ。半径100メートル四方に巡らせた、セキュリティのどこかが壊されているということになる。そのどこが壊されたかを知らせるアラートも、鳴らなかった。
「はぁ…さすが、ロックオン…」
ベッドに戻ると、床を見つめたまま難しい顔をしているハレルヤの頭を撫でてやる。
「どうしたの、ハレルヤ。あんなに怒って」
そのまま隣りに腰をおろし、アレルヤはハレルヤに向き合った。
「ロックオンのこと、嫌いじゃなかったよね?」
「本当に、今夜アイツを泊めんのか」
「仕方ないよ。ぼくたちのほうが、不法侵入者だもん」
アレルヤが目を合わせてきて、ハレルヤはふいっとそっぽを向く。
こういうときに顔を覗き込んでくるアレルヤが、ハレルヤは昔からすこし苦手だった。
「ハレルヤ?」
「なんかよ~、ムカつくんだよ」
「なにが?」
「アイツの、…声だよ」
「声?」
「脳がしびれるような感じがするんだ」
確かに、ロックオンは良い声だ。柔らかく、男らしい。
だが、アレルヤは、さほど気にとめたことはない。
ハレルヤの言う、脳がしびれるというのが、どんなものなのか、アレルヤはいまひとつ理解ができなかった。
「ぼくは、そういう感じはしないけど」
「なんか、妙な波形でも出てんじゃねぇのか?」
「妙な波形?」
「そう感じてんのって、オレだけか?」
「ハレルヤは、ロックオンの声だけ苦手なんだね」
「だってしびれんだもん」
「しびれると、どうなっちゃうの?」
「わかんね。でもCBにいたときは、すげーお前とヤりたくなった」
思い当たる夜が、いくつかある。
訓練中も、ミッション中も、なにげない日中も。ロックオンの近くにいて、ハレルヤが起きていたとき。その晩は、いつもよりずっと、ハレルヤのからだが柔らかく濡れていた。
特に気にはしなかったが、あれは、ロックオンの声を聞いていたせいだったのか。
「それって、媚薬みたいな効果ってことに、なるのかな」
「知らねーよ」
「今も、そう?」
「あ?」
「ロックオンの声、聞いたでしょ? ぼくと、したくなった?」
「答えさせんのかよ?」
「言って」
「ヤダ」
「言ってよ」
「ざけんな」
「もう」
「わかんだろ」
「じゃあ、ハレルヤのからだのほうに、聞いちゃうよ?」
「だから、最初からそうしろって言ってんだよッ…って、うあ!?」
「あ、濡れてるね」
「いきなり指突っ込むなッ、さっきのが残ってるだけだッ」
「いいよ、ハレルヤ。わかったから。いっぱい、しようね」
「…アイツは、どーすんだよ…」
「うん? 待っててくれるって、言ってたじゃない」
アレルヤに耳もとで優しく言われて、ハレルヤは、押し黙った。