The moon and a shuttlecock
(3) ~*R18~
アレルヤの口許から、鋭い声があがった。
続いて、ハレルヤの大きな苦鳴も。
「お、はずれたみたいだな」
「…っ、てんめぇッ! 痛ぇじゃねぇかよッ!」
本当に噛みつかんばかりの勢いでハレルヤが叫ぶが、目じりに涙が浮かんでいては、迫力がない。
「はずれたからイイじゃねぇか。いくらお前さんたちだって、一生このままつながってるわけには、いかないだろ?」
ハレルヤの頭に慌ててTシャツを通し、スウェットをはかせようとしていたアレルヤが、振り向く。
「…一生…?」
「そうだよ」
「このまま…?」
「って聞くけどな。まぁ自分たちだけの力じゃ、はずれないってさ」
「そうなんだ…」
自らも服を着て、アレルヤはロックオンに向き直る。
ハレルヤと色違いのTシャツに、揃いのスウェットなのを見て、ロックオンの表情が自然と柔らかくなる。
こんな風に、このふたりが、この家で。
まさか。本当に、まさかというしか、ない。
「あの…ありがとう…ございました…」
「どういたしまして。まぁ、その、おれが原因でもあるし…なんだか覗くみたいになっちまって、すまなかったな」
ハレルヤは完全に頭に血が昇っているらしく、ロックオンに押しこまれたタオルを拾い上げると、それをロックオンの顔に向かって投げつけた。
鋭い音をたてて、タオルはロックオンの右頬に命中した。
「あイッテ!」
「? もしかして、ロックオン…」
右頬を、左手でおおうのは、常に利き腕をあけておく習慣があるからか。
「オイ、その右目、見えねぇままか?」
「…ああ。だいぶ回復はしたんだが」
「眼帯はどうしたよ? ったく見えてんのかと思ったぜ」
「傷はもう塞がってるし、医者にはなるべく見るように言われてるんだ。それに目立つのはまずいからな…」
ロックオンは、左手をおろし、確かめるかのように何度か瞬きをした。
月の明るさでは、左右の瞳の違いはまったくわからない。
表面に映るものは綺麗な曲線を描いていて、透明感もある。
相変わらず、美しい目だ。
「全然、見えないんですか…?」
「いや、見えてはいるんだが…今みたいのは、ちょっとな」
「すみません…」
「お前さんが謝ることじゃない。こんな夜更けに急に来て悪かったよ」
「それだよッ、なんでテメェがこの家に来るんだッ、偶然とは言わせねぇぜ」
「いや、ここさ、」
投げつけられたタオルを軽く畳んでサイドボードに放ると、ロックオンは苦笑いしながら言った。
「おれの家でも、あるんだよな」
「…ぁあ?」
「おれのみっつめの隠れ家だったんだよ、この家。この景色だろ、気に入って、しばらく住んでたんだ」
「それ…いつのことですか?」
「CBに入る前。まだおれが、十代か、ハタチそこそこだった頃の話だよ」
組織を知り、その理念に心を揺さぶられ、長年をかけて開発された強い機体に乗ることに、己のすべてをかけることになる、すこし前のことだ。
「家具は捨てないでいてくれたみたいだな」
「あの…本当にここ、ロックオンの家なんですか…?」
「ああ。ここいら一帯は名義もおれになってる。といっても、偽名だけど」
やはり、信じられない。そんな偶然があるものなのか。
「証拠見せろよ」
「あ~…もう帰れねぇだろうと思って、出るとき全部捨てたからなぁ…なんかあったかな」
個人的な物証が残りやすいものは、すべて捨てて出た。
ロックオンが部屋の中を見回す。
そしてふと、壁の傷に目をとめた。
「あ、あれだ」
手袋をしてから、床に置いていた鞄をさぐり、長方形のものをとりだす。
「ほら、これ。壁についてる傷と日焼けのあとが、一致するだろ?」
それは、美しい彫刻がほどこされた、小さな写真立てだった。
中には、マイスター4人で撮った、唯一の写真が入っている。
ミッションが数日なかったときに、CBの隠れ家だった南の島で、海をバックに撮った写真。
刹那は相変わらず真面目な顔で、ロックオンは晴れ晴れとした笑顔で、アレルヤは穏やかに微笑み、ティエリアは眉間に縦じわが入ったままだ。
あのとき食べたティエリアの力作は、味は二の次の食生活をしていたあの頃でも、衝撃的なものだった。今でも舌が忘れてくれず、思い出すだけで口の中がキーンとしてくる。
「その写真…」
「金庫に置いといたから、なくさずに済んだんだ」
「金庫?」
「そ。銀行のな。見つかったって、男4人でバカンスかよってくらいにしか、思われないだろ?」
きちんと額にはいったその写真を、ロックオンが再び壁に留める。
こうして4人が並んでいると、ロックオンは確かに兄貴分で、個性のありすぎるメンバーの繋ぎ役になっていてくれたのだと、アレルヤは思った。
「懐かしいですね」
「宝もんだよ、おれにとってこの写真は」
「ぼくは…自分のものはほとんどトレミーに置いてあったので…」
「…そっか。あとで焼き増ししてやるよ」
「その写真の前は、なにが入ってたんだ?」
ハレルヤのするどい疑問に、ロックオンは困ったように微笑む。
「おれの家族の写真だよ」
「あんた、家族がいるのか」
「ああ、いたよ。ここなら空気もいいし、ずっとここに家族の写真をかけてた」
「それはもう、かけないのか?」
「こいつらだって、おれにとっちゃ家族だからな」
「ぼくたちが…?」
「そ。だからさ、おれもここに住んでいいか?」
ふざけんなぁッ! と飛びかかろうとしたハレルヤを、アレルヤが咄嗟に抱きかかえる。
口もふさぐと、アレルヤは困惑した顔をした。
「あの…男3人は、ちょっとせまいと思うんだけど…」
「そうか? どうせ、昼間はいないことも多いだろ?」
「それは、そうですけど…」
アレルヤは、仕事をするふりをして諜報活動をしているが、どうやらロックオンには感づかれているようだ。