Love! Eros! Glück!! ~ラブエログリュック!~


Saint Valentine's Day ~*R15~


「ねぇ、ハレルヤ。明日の朝、お隣りの牧場に行かない?」
「はぁ?」
 突然の兄の誘いに、ハレルヤは素っ頓狂な声で返した。
 そもそも、アレルヤがヤギの小屋に来ること自体が珍しい。
「なんでだよ?」
「その…明日、チョコレートを作ろうかと思うんだけど、さすがにヤギのミルクじゃさ…どんなのができるのか想像がつかないから」
「明日のオヤツのためにわざわざ?」
「違うよ、明日はバレンタインじゃないか。ハレルヤはライルにチョコレート、あげないの?」
「?」
 そんなもの、オレがライルから貰うもんじゃねぇの?
 そう言いたげなハレルヤに、アレルヤはちいさく苦笑いすると、
「一緒に作らない?」
 と、すこし遠慮がちに、首をかしげて、微笑んだ。
「ニールに渡すのか?」
「もちろんだよ」
「ニールから貰うんじゃねぇのか?」
「用意してくれてるかもしれないけど、ぼくもニールにあげたいんだ。ニールの好きなブランデーが入ったのを」
「ふぅん…」
「どうする?」
 ハレルヤはすこし考えると、アレルヤを見て、
「やってみっか」
 と応えた。


 牧場は、ライルが交渉して、ハレルヤがヤギやニワトリをわけてもらったところだ。
 牧場主は、持っていったチーズを見ると、喜んで搾りたての牛乳をタンクにたっぷりと分けてくれた。
「相変わらず、ハレルヤのヤギのチーズは人気だね」
「なんか良くわかんねぇけど、美味いらしいぞ」
「そんな、他人事みたいに」
 牧場主は予想以上にミルクを入れてくれたらしく、タンクは重い。
 アレルヤとハレルヤは、協力してタンクを運ぶと、キッチンの大鍋に中身をあけた。
「すげぇ量だな、ったく」
「今夜はシチューにしようか。グラタンも」
「今日はニールはどうしてんだよ? 書斎か?」
「それが、朝食の後で気付いたらいなかったんだ。初めてだよ、こんなことって。ライルは?」
「そういや、朝メシの後から見かけねぇな…」
 もしかしたら、ニールとライルもまた、なにか企んでいるのかもしれない。
 アレルヤとハレルヤは思わず顔を見合わせて笑うと、腕まくりをした。
 予め街の有名店から取り寄せてあった、分厚い板のブラックチョコレートをひたすら刻み、湯銭で優しく溶かしていく。すこし温めた牛乳と、砂糖を適量と、ブランデーを落とし、あとは形を整えて、ココアパウダーや砕いたナッツをまぶせば良い。
 ハレルヤはクリスマスにも使った型抜きを引き出しから出してくると、ライルはコレだな、と大きな型を選んだ。
「字ィ書くヤツ、あるか?」
「うん、簡単にできるよ。ミントチョコレートもすこし取り寄せたから」
 彼の隠れた微笑ましさに笑うのをこらえながら、ハレルヤ用にチョコペンシルを用意してやる。
「ニールにはトリュフか」
「うん。でも、ぼくもなにか書こうかな?」
「おう、お前が好きなニールのケツに見立てて、ハートマークとか書いてやれ」
「ハ、ハレルヤ…!」
「冗談だって。照れんな、気味ワリイ」
 ペーパーを敷いたまな板の上で、型にチョコレートを流し込めば、あとは固まるのを待つだけだ。
 ハレルヤは用意してもらったチョコペンシルで、指先にほんのすこし試し書きをした。
「あ、このチョコペン、ライルの瞳の色にちょっと似てんな」
 そのまま指先を口に持って行く。
「? 歯磨き粉の味がしねぇ」
「ここのミントのチョコは美味しいんだよ。ニールも大好きなんだ」
「ふぅん」
 チョコレートができたら、証拠はすべて残さないように、キッチンの掃除と消臭をしなくては。
 ニールとライルが、チョコレートを貰えないと思っているとは予測できないが、二人が帰ってきたとき、家の中がチョコレートの匂いでぷんぷん、という状況は避けたい。すこしは、サプライズの要素を残しておきたいものだ。大体、材料に取り寄せたチョコレートも、わからないように包んでキッチンの床下に隠しておいたくらいなのだ。
「ハレルヤ、チョコが固まるまで、お茶にしようか」
 アレルヤは、棚から茶葉と、昨日の残りのスコーンを取り出した。



 ニールとライルは、夕方になってやっと帰ってきた。
 この地方の雪はまだ深い。
 玄関でコートやブーツに張り付いた雪を払い落として、それぞれの部屋で普段の服装に着替えると、二人とも揃いの紙袋を持って食卓に現れた。
 本命へのバレンタインのプレゼントは、クリスマスよりずっと、渡すタイミングが難しい。
 そう思ってニールの様子をさりげなく窺っていたアレルヤが、シチューの鍋がコトコトと鳴り始めてレンジに振り返った瞬間。
 ニールがアレルヤを背後から抱きしめた。
「!? ニール…?」
「今日が何の日か、知ってるか?」
「うん、知ってるよ?」
「そうか」
 耳にチュッとキスをされ、手に、袋を持たされる。
「お前に」
 見ると、綺麗な色の紙袋の中には、暖かそうな毛糸の手袋が入っていた。手編みらしく、オレンジ色をベースに、複雑で美しい模様をしている。
「ハレルヤ、俺もハレルヤに」
 食卓に皿を並べていたハレルヤの手を掴んで、ライルも紙袋を手渡す。
「アレルヤと色違いのだけど、今使っているのより暖かいと思うよ」
 ハレルヤの手袋も、オレンジ色がベースだ。アレルヤのものとは違う色合いで、同じように複雑な模様で丁寧に編みこんであった。
「さすがに、手編みというわけにはいかなかったんでね。ライルと街まで行ってきたんだ。悪かったな、1日無断で留守にしちまって」
 アレルヤもハレルヤも、手袋に手を通すと、ぽふぽふと手を叩いて感触を確かめた。
 それはとても手触りが良く、柔らかく軽く、なのに厚手で丈夫で、普段使いをするには勿体ないような上等なものだった。
「ありがとう…!」
 素直に嬉しそうに笑うアレルヤに、ニールも優しく笑う。
 ハレルヤの方は、すこし照れくさそうに視線をそらすと、ちいさな声で
「ありがとよ」
 とライルに告げた。
「こっちは、ぼくから。作ってみたんだ」
 ニールが開けた箱には、ココアやナッツ、違う味のチョコレートを削ってつくった衣をまとった、形の良いトリュフが美しく並んでいた。
 中央のちいさなチョコレートプレートには、愛の言葉。
 昼間、ハレルヤからは見えないように、こっそりと書いた文字だ。
「サンキュ」
 ニールはとても嬉しそうに笑うと、アレルヤの頬にキスをした。
 一方、オレから、とハレルヤが半ばゾンザイにライルに渡した箱には……。
「──あの…ハレルヤ…これは……」
 ライルが開けた包みの中身を覗き込んで、ニールが盛大に吹き出す。
 脇から覗いたアレルヤも、目をまんまるくした。
「ライルの瞳の色に似てるとか言って、それで描いた絵がそれ!?」
「大変だなぁ、ライルも」
「ハレルヤったらほんとにもう…!」
「ほんと、おれの弟は大変なヤツを好きになっちまったもんだ」
 ハレルヤが作ってくれたチョコレートは、大きな天使のかたちをしていた。クリスマスでビスケットを型抜きしたものと同じ型だと、皆すぐにわかったが、そこにあるメッセージはあまりにもあまりなものだったのだ。
 天使は弓を左手に持っているが、矢は股間に、まるで湾曲した矢印のようなかたちですべて上向きに、しかも何本も描いてある。そして、そのすぐ隣りには、
“A LOT!!”(多すぎ!)
 と、チョコペンシルに慣れない、途切れ途切れの下手な文字。
「いや、その、ハレルヤ、これはどういう…」
「見りゃわかんだろ。言葉通りの意味だ」
「俺、そんなに抱きすぎて…るかな…?」
「ちったぁオレの朝の仕事のことを考えてヤリやがれって言ってんだ」
 ハレルヤの頬は薄く上気して、ライルは完全に困った顔をしている。
 アレルヤは初々しい弟たちの背中をポンッと叩くと、
「はいはい、そういう会話はそこまで。あとはベッドでね」
 と、再び鍋に火を入れた。
「先にメシにしようぜ? ライルも座って」
 チョコレートに使った残りで作ったミルクシチューとグラタンは大層好評で、皆おかわりをして、暖かい夕食の時間を楽しんだ。



 ──その晩。
 下の階は予想していたよりずっと静かだった。回数の件で言い合いをするかと思っていたが、ライルもハレルヤも、兄たちが考えているよりもずっと、互いを必要としているらしい。
 ベッドが大きく軋む音が聞こえて、愛し合っているのだと確認すると、ニールとアレルヤはベッドの中で笑い合った。
「チョコ、ありがとな。大事に食うよ」
「うん。ぼくも新しい手袋、ありがとう。欲しかったんだ」
 探るように口唇を重ねて、それからゆっくりと舌を絡ませる。
「ねぇ、ニール」
「ん?」
「ぼくも、その…回数多すぎてる…?」
 頬をほんのすこし赤らめて、恥ずかしそうに訊ねてきたアレルヤに、ニールは目を丸くして、それからちいさく声をあげて笑った。
 ハレルヤが描いた、チョコレートのメッセージ。あれは、ハレルヤなりの愛情表現だ。
「そんなことねぇよ」
 アレルヤを抱きしめる。
「ま、おれだったら、チョコの表にも裏にももっとデカくて長い↑マークをたくさん描いて、そんで“愛してるよ”って書くけどな」
「わかった」
 突然からだを裏返されて、視界が枕でいっぱいになり、ニールがきょとんとする。
「え?」
「ぼくも、愛してるよ、ニール」
 まさか、卑猥なジョークでアレルヤがすっかりその気になるとは思っていなかった。
 布団の中を潜っていったアレルヤの舌が、慣れた、だが今夜はまったく予期していなかった箇所を、優しく、だが容赦なく、舐め始める。
 いきなり始まった行為に、まったく心の準備が追いついていなかったニールは、珍しく慌てて声をあげた。
「うわ、あ、ちょっと、待てっ、今のは例えだって…っ!」
「愛してる、ニール」
「…アレルヤ!」
 抱き込むように枕にしがみつき、ニールの嬌声があがった。



「んだよ、今夜は上の部屋がうるせぇな…」
 ハレルヤのぼやきにライルも天井を見上げると、再びハレルヤの汗ばみ弾む胸に頬をあて、嬉しそうに微笑んだ。



 Happily, indefinitely!



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