Love! Eros! Glück!! ~ラブエログリュック!~


(3) ~*R18~


 ニールが四人で暮らそうと言い出すまでは、それは当たり前のことだった。
 都会では男二人が云々ということはそう珍しいことでもなく、周りに住んでいるそう親しくない連中に関係を知られても別段気にならなかったし、変な目で見られることもなかった。
 だが、家族と住むとなると、話は別だ。いくら壁や床が厚いとはいえ、セックスしている音が、声が、階下で寝ている弟たちに聞こえやしないかと気にならないわけがなく、以前のように我を忘れてお互いを貪る夜は、この家に住んでからもうずっとない。
 書斎でホッと一息ついたニールは、紅茶を啜ったばかりのその口で、傍らに座っているアレルヤに口づけた。
「美味いよ」
 ニールの吐く息が、すこし白い。
 アレルヤは穏やかに微笑むと、ソファに放られていた膝掛けをとり、ニールの肩を包んだ。
「そろそろ暖房を入れないと」
「そうだな」
「ライルがね、動物たちの小屋にも暖房を入れないと、みんな凍え死んじゃうって言ってたよ」
「そうか、考えないとなぁ」
「畑もそろそろ土を休ませる時期だね」
 初めて暮らす気候の土地での、初めての冬。ここでは、人間の方が自然に合わせて生きる。
 スイッチひとつで済まないことばかりの不便な暮らしに、アレルヤは一度も文句を言ったことがない。驚くことはあるが、一つ一つをこなして、上手に家のことを回している。
 畑でとれたものは、保存できるものはすべて収穫してしまい、キッチンの床下にある貯蔵庫にしまった。夏でも冷たく湿った堅い土で囲まれたそこは、天然の冷蔵庫のようなものだ。一日に一回は食事に欠かせないジャガイモも、年が明けるまでの分量はある。四人で暮らすようになっていつからか、クリスマスには恒例となったパンプキンパイも、今年はアレルヤが育てたオレンジ色の実の南瓜で作るのだろう。
 収穫が残っているのは、寒さに強い改良種の葉ものだけとなった。葉っぱは採りたてが美味しいからと、アレルヤは毎食ごとに食べる分だけを畑で採ってくるのだ。
「なぁ、アレルヤ」
「うん?」
「おれたちの関係を、あいつらは知ってるよな」
 眉根を指先で軽く揉み、ニールはアレルヤを見上げた。
「それはもちろん、ここに引っ越してくる前からとっくに気付いてると思うけど…ニールはずっとそれ気にしてるよね」
「双子同士で同じ家に住んでさ、兄同士がこういう仲だからさぁ──」
 兄がこうだから弟も、という期待はないし、もし弟たちが同じような仲になったとしても、受け入れてやるつもりでいる。
 自分たちが言えた義理ではないというのはあるが、“人を好きになる”という感情を大切に、自分の気持ちに正直でいてほしい、という弟への想いが、ニールは強いのだ。
 なんとなく、ライルがハレルヤを好いていることは、わかっていた。でも、ハレルヤの気持ちははっきりしない。ヤギもネコも、どうしてかハレルヤにはすぐに懐いたが、ハレルヤは自分から人間に対して懐くタイプではなかった。
 マグカップを両手で包み込み、指先を暖めながらぼんやりとしているニールを、アレルヤはのぞきこんだ。
「不満に思ってるのは、そんなことじゃないでしょう?」
 自分を見据える金銀の瞳に、ニールは苦笑した。
「いや…まぁ、な」
「ぼくにも素直になって」
「そうだったな」
 両腕を持ち上げ、アレルヤの顔を引き寄せる。
「お前と思いっきりセックスしたい」
「うん」
「声も思いっきり出したい」
「うん」
 仕事用の椅子の大きな背凭れからニールを自分の胸に引き寄せ、強く抱きしめると、ぼくも同じだ、とアレルヤは答えた。
「でも、さすがにベッドの中でのことは…ちょっとね」
「だよな…」
 もうずいぶん長いこと、互いのイイ声を聞いていない。感じすぎてどうしようもない夜は、アレルヤは口唇を噛みしめ、口を閉じられないニールはアレルヤが噛ませてくれるタオルに喰らいつき、軋む音が聞こえるほどに噛みしめて、必死で声を抑え込んだ。
 アレルヤだって、ニールの甘くかすれる嬌声を思う存分堪能したいし、ニールだって、アレルヤが自分のなかに放つときにあげる声を聞きながら果てたい。
 でもそれを、弟たちに聞かせてしまうのはどうなのかと、考える。互いの弟のために、というだけではない。アレルヤはライルに兄の喘ぎ声など聞かせたくないし、ニールはハレルヤに兄のベッドの中での声を聞かせたくない。互い自身を想いあってのことなのだ。
「もうしばらく、我慢するか」
 胸元に直接響くニールの低い声が心地良かった。
 アレルヤは肩でくるりと外向きにはねた茶色い髪を見下ろしながら、穏やかに、そうだね、と返した。
「ハレルヤは、ライルのことをちゃんと見てるよ」
「え?」
「そのうち、ちゃんとお互いに認識するんじゃないかな」
 そうしたら、お互いの部屋が愛の巣になって、気にせずにできるよ。
 そんなことを言いたげなアレルヤの笑った瞳を、ニールは耳まで紅くして、目を丸くして見つめ返した。
「ニール?」
「……お前の順応性の高さにはいつもびっくりだ」
「そう? 知ってたでしょう?」
「知ってても、だ」
 照れ隠しをするように、ニールが視線を逸らす。
 アレルヤは、それが自然という滑らかな仕草で、ニールの眉にそっと口唇を押し当てた。
 茶色い柔らかな前髪をかき上げると、冬の陽射しでもまぶしいほどの、白い額が露わになる。眉間には、陽なたで目を凝らさなければ見えないほどに細かな金色の産毛が生えている。
 髪の上から頭頂にもキスをすると、焦点が合うぎりぎりのところで、アレルヤはニールの蒼緑色に澄んだ瞳を、奥まで覗き込むかのように見つめた。
「…どうした?」
 ニールが微笑む。
「ぼくは、あなたのためならいくらでも何にでも順応するよ」
「知ってる」
「愛してる」
「おれもだよ、アレルヤ」
 アレルヤとニールは、顔にある、普段は隠れてあまり目立たない互いの傷痕に、そっと指で触れた。
 傷はすっかり塞がって、もう痛みはない。だが、鏡で見るたび、自分で触れるたびに、心に直接ちくりとした痛みが走った。
 誰も、なにも、その痛みを取り除くことはできない。痛みが心地良かったことも、一度だってなかった。
 それでも、ときどきこうして、互いの傷痕に触れる。
 初めてのキスは、互いの過去を、罪を、洗いざらい告白したときだった。懺悔するかのような長い永い夜、朝陽が昇り始める寸前に、すべてを話し終えた互いの口唇を、自然と重ね合わせた。
 アレルヤがベッドで泣くのをニールが見たのは、あれが最初で最後だった。あのときから、何千回、何万回とキスをした。キスの回数には及ばないが、毎晩のようにからだも重ねた。
 慰め合うのではなく、大切で、大切で、しかたがなくて。
 ふたりは、過去の傷もすべてを含めて、互いを必要としているのだ。



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