恥じらい (*R15)
「セックスのときにさ、思い出すことがあるんだ」
アレルヤの手の平で頬を撫でられ、気持ち良さそうにニールは目を細める。
今夜はそれほど回数はできなかったが、眠ることもできずに、疲れて萎えた身体をアレルヤに任せ、アレルヤの肩ごしに、窓を半分ほど覆った雪の影を眺めていた。
「どんな?」
「初めて女を抱いたときのことだ」
アレルヤはすぐには理解できなかったのだろう。二、三秒ほど経ってから、ニールの頬を暖めていた手を離した。
「こんな話、嫌か」
「……驚いたよ」
「そうだな……。でも、切り出しちまった」
「そうだね。……うん、知りたいよ。話して」
「きっかけだけは、良くある話だ。当時雇い主だったボスの愛人がおれを気に入って、相手をしろって言われたのさ。男相手の商売から一年も経ってないときで、おれは裸のつきあいなんてもうまっぴらだったもんで、誘われようがどうしようが、ライルを盾にとられない限り、一切セックスしなかった。だからな、ハイティーンになっても、まだ女を抱いたことがなかったんだ」
「そうなんだ……」
「ボスの命令には逆らえねぇ。でもな、いざその愛人を脱がしてベッドまでエスコートしたはいいが、入れる場所がな、わかんなかったんだよ……。男の経験しかなくて、だからどうしたら良いのかさっぱりわからなかった。見た目だけじゃわからねぇ、男女の作りの違いをまざまざと見せつけられたような夜だったな。欲望のままに好きにしろって命令が、おれにはその欲望さえまったく湧かなかった」
「どうなったの?」
「結局、なにもできず仕舞い。おれは酒よりも香水に酔って、男相手に要求されればいくらでも勃たせてきたコイツも、使えないまま夜が明けた。翌日ボスに呼び出されて、数発殴られたよ。役立たずだの恥をかかせただの」
殺されなかったのは、ニールの射撃の腕が惜しかったからだ。
後ろの具合は今でも悦いが、前はまったく使えない、インポと影で噂になったようだったが、ニールにはどうでも良いことだった。
「だから、今もお前が挿れるところを探してくれるたびに、ふとぼんやり思い出す」
「ぼく、下手?」
「そういう話じゃない」
アレルヤは、いつもそっと指先で探るか、ペニスの先をもどかしそうに押し当ててくる。
無遠慮に突き破るような勢いでそこを使ってきたかつての商売先の男たちにはなかった、優しさのようなものを感じる。
初めてのはずのアレルヤが持っている、なにか。あの夜、自分にもうっすらと、だが確かにあった気がするが、罵られて捨てさせられた。
「……今なら笑える話だ」
「今のニールは……その、女性…経験は、……あるの?」
「どっちだと思う?」
「ぼくはそういうの疎いから良くわからないけど、あまりなさそうかなって……」
「正解だ」
思い出すのは、本当はあの夜のことじゃない。
頬を染めるなんて感覚も、アレルヤを前にしてやっと思い出せた。
そういう自分が、ニールにもあったはずなのに。どこまでいっても、ニールの心には炎と更地の感触しかないのだ。
「ニール……?」
「安心しろよ。おれの人生、驚くくらいに色気ゼロだ」
自らを卑下するように、片方だけちいさく上がった口角。
アレルヤは、ニールの顔を見つめると、額に額をそっと寄せた。ニールの額はすっかり汗が引いて、ひんやりとしていた。
「ぼくにくれるよね?」
「?」
「これからも、ぼくだけのものだよね?」
「これから? 未来の話をしてくれるのか」
「笑わないで。茶化さないで」
「してないよ」
「ニールは充分綺麗だよ。その……色気ゼロなんて……ありえないよ……」
そう言うアレルヤは、ひどく可愛く、どことなく色っぽかった。
「お前はあったかいな……。お前の方が、おれなんかよりずっと人間らしいって思うよ」
(とある夜[1] 恥じらい)