色づきの雄蕊 ~はじまりの雄蕊・それから~(*R18)
「こんな冷える夜なのに…」
そう言いかけて言葉を飲み込み、アレルヤは口を噤んだ。
ニールが、浅瀬で水浴びをしている。
月明かりが雫をキラキラと照らし、白いからだをさらに輝かせている。
日が暮れるころ、軽い夕食をとり、それから、車の影でセックスをした。
開け放した運転席のシートに、中途半端に脱いだ服を散らかしたまま、砂の上に腰を降ろし、パンツの前を開けたアレルヤの上に、白いブラウスだけを肌に残してニールは跨った。
今朝と同じ、アレルヤの熱い素肌に腕をまわし、手の平で滑らかさを何度も確認し。
首筋に鼻先を埋めてアレルヤの匂いを幾度もかぐニールは、年上のひとなのに幼いようで、その様子にアレルヤはやはりすこし戸惑いながら、それでもニールを突き上げることをやめられなかった。
初めての夜から、2週間近くになる。
最初の、あのホテルを後にしてから3日後、ガソリン車から最新燃料の車に乗り換えた。どの道も急なカーブが続くこの地方で、化石に近いガソリン車を運転する技術はアレルヤにはなく、かといってニールばかりが毎日のように運転するのは、体力的に負担が大きくなったのだ。
夜だけでは足りずに、朝も、日中も、寄り添うように、ふたりはからだを繋げた。
だが行為に慣れないアレルヤとのそれは、ニールのからだを一方的に傷つけることでもあり、それでもセックスすることをやめられるわけもなく、アレルヤの方から、自分も運転をするからと、提案を出したのだった。
「おれは車はコイツがいいんだけど、なぁ…」
一日中、意識せずにはいられない後孔の疼くような痛みも、昔とは違い、今は嬉しいとさえ感じられるものだ。
アレルヤをからだに銜えることは、睡眠よりも食事よりも、なくてはならない行為だった。
「…でも…」
「いや、わかってるよ。サンキュ、アレルヤ。お前が言う通りにしよう」
限界まで倒したシートにぐったりとからだを沈めていたニールは、アレルヤの手の甲にそっと手を置いて微笑んだ。
新しく借りた車は後部で寝泊りができるほど中が広く、ふたりは地図を広げては、アレルヤが観てみたいという場所へと行き、ホテルもないようなところで日が暮れると、車内で夜を明かした。
今夜もそうだ。
川べりに車を停めて、買い置きの水や食料で夕食を済ませた。この地方は自然への汚染が微少で、川も湖も底が透けて見えるほどに透明で無数の生物が棲み、その水は甘く感じるほどに綺麗だった。
都会的だとアレルヤがずっと思っていたニールは、意外にもアウトドアに強く、また、その美しいからだを隠そうともしない。
アレルヤが座って見ている目の前で、からだを洗い、頭ごと水に突っ込んで豪快に髪や顔を洗い、水気を掃った。
ついでに着ていたシャツの洗濯までしてしまうのには驚いたが、額に落ちてくる水滴を含んだ前髪を時折りかきあげたり、髪を洗った後、頭を大きく後ろに振って水気を飛ばす様子は、見ていてとても美しく、アレルヤにとっては刺激的な情景だった。
ニールが戻ってくると、アレルヤはすこしどきどきしながら、タオルでニールを包み込む。
ニールの手は、手袋をしなくなったからか、2週間前よりもすこしがさついているようだ。
その手がごしごしと髪をぬぐい、からだを拭いている間に、受け取った洗いたてのシャツをハンガーにかけて車内のドアに吊るすのが、こんな夜のアレルヤの役割になっていた。
「お前も流して来いよ。水はすこし冷たいけどさ」
「…うん」
水辺で夜をすごすとき、セックスのあと、ニールは必ず腰まで水に浸かった。
なかに出したものを洗い流し、擦られて熱をもった箇所を冷やしているのだとアレルヤが気付いたのは、つい一昨日のことだ。
ニールにばかり負担がかかっている、男同士のセックスという行為。
だが、それをニールはなにも言わずに自分だけで後処理をし、アレルヤに微笑み、からだをそっと寄せてくる。
そして翌日には、また背中に腕をまわし、強く縋りついて啼いた。
「車の中にお湯がわいているから。コーヒーを煎れるよ」
「いいって、自分でできる。お前も洗って来いよ」
「ぁ…」
「どうした、アレルヤ?」
まだ水滴の落ちる髪に新しい簡易タオルをふわりとかけると、その影からニールの微笑む瞳がのぞいた。
戦闘をしていたときは見ることのなかった、知らなかった、優しい表情。
なんなのかわからない“もの”で再び胸の奥が熱くなり、アレルヤは取り繕うかのように、白い頬に手を添えた。
「紅茶じゃなくって…っごめんなさい…」
「なんだ、そんなことか」
「ニールが本当は紅茶が好きだって、ぼく知らないで買物したから…」
アレルヤが語尾を弱めると、その口唇に、ニールがちいさくキスをした。
「じゃあ明日は、すこし街のほうへ戻ってケーキ屋でも探そう。イートインがあるトコ」
「ケーキ屋?」
「ケーキにはコーヒーじゃなく紅茶ってのが相場だ」
知らなかったことをまた、ニールが教えてくれた。
アレルヤはそう思いながら、うん、と微笑み返した。
「早く中に入って。温めてあるから」
最新燃料の車は、エンジンを止めたままでもエアコンなどの電気系統が長時間使えるのが利点だ。燃費も非常に良い。
後部座席を横に倒して簡単なベッドを作り、隔たりのないトランクの部分に、ポットや食料、地図や雑誌、着替えにタオルが入ったケースが置いてある車内は、ふたりの身長からすると多少は窮屈ではあったが、居心地が良かった。
道中の休憩時や早朝は、後部ドアを開けてヒサシの代わりにし、晴れている日は輝く景色を、雨の日は霞む水平線や山の緑を、簡易ベッドから眺めた。
当面の行く先が決まっていない、地図や道路標識だけを眺めて車を走らせる旅。
いつまで続けられるのかもわからない時間。
ふたりを引き寄せ合っているものがなんなのか、愛情なのか、それとも別のなにかなのか、ふたりともまだはっきりとはわからない、不思議な繋がり。
だが今はまだ、考えたくはない。
答えを出したくない。
離れたくない。
追求することで、この関係が壊れることが、今はひどく恐かった。